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2018年5月15日

咬み合せの歴史  その14

少し専門的な解説です。
図25.jpg  図26.jpg
  
PMS、Dawson その①
アメリカの交通機関の発展はライトフライヤーが1903年、フォード1型が1908年です。アメリカで西海岸と東海岸との距離は約5000Kmで移動方法は大陸横断鉄道しかなかった時代背景から当時のアメリカの西海岸のナソロジーとアメリカの東海岸PMS、Dawsonの容易な交流は難しかったと考えられ独自の研究が続けられたと推測できます。

1926年Mccollmを中心に「カリフォルニア・ナソロジカル・ソサエティ」が設立された同じ年に、
Clide H. Schuyler はニューヨーク・デンタルジャーナルに「咬合の機能と機能不良(不正咬合)についての基本原則と、咬合調和を修復するための基本的条件」という短い論文を発表されました。これがPMS、Dawsonの咬合理論の始まりだと考えられます。この論文は有歯顎の咬合理論でしたが、従来の総義歯の咬み合せの理論を基礎にしたナソロジーの理論とは違った観点から述べられています。

1928年に発表されたSchuyler の論文では、総義歯と同様に天然歯列においても中心位は生理的に重要であり、中心位と最大咬頭嵌合位と一致しないことは一つの不正咬合であると考えました。しかしながら、最大咬頭嵌合位において咬頭頂に接触する対合歯の小窩底に自由域を設け(long centricといわれる水平的自由域)ました。偏心位(下顎運動時)においては歯の長軸に沿はない側方力をできるだけ排除できるかどうかにかかっていると論理を構成しています。つまり、咬合調和のためには前歯誘導を基本に、臼歯の側方力を排除するという概念です。つまり、Schuylerは総義歯やナソロジーの臼歯の咬合接触を基本とした咬合理論とは大きく違っていました。

後にSchuylerの論文を基にPankeyが新たな咬合治療法を考案し、その方法をMannが整理統合して理論を確立しました。その理論をDawsonが科学的に立証して咬合理論として確立し現在も認めら続けています。このような経緯があるため「PMS、Dawson」と記載しています。

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2018年5月 8日

咬み合せの歴史  その13

少し専門的な解説です。
a図20.jpg  a23.jpg a図21.jpg
ナソロジーの咬合理論 その⑦ 
ナソロジーの中心位、最大咬頭嵌合位の変遷
ナソロジーの原点は有歯学の治療に際して総義歯より精度が高く再現性の高い最大咬頭嵌合位(中心位)を再現しようとしたことです。その始まりとなったのが1920年頃Mccollmは変化しない回転軸を求めて、顆頭を関節部の最後壁に押し付けた状態で下顎を開閉させれば、顆頭は単純な回転運動になり、変化のない再現性の高い回転軸を計測できるこが可能になると考えたことです。これがターミナル・ヒンジアキシスの理論です。(上図左)
その後の約40年間はナソロジーの主流の理論でしたが、1962年にGrangerは顆頭の理想的な位置を求めて顆頭は関節窩内の後方と上方の2点に固定されると修正し(上図中央)、1973年にStuartは関節窩内で、顆頭を3次元的に制するために内側からのもう一つの接触点を加えることで、3つの支点によって安定した位置に固定させると考えられました。これがRUMといわれる rearmost, uppermost, midmostです。(上図右)
しかしながら、ターミナル・ヒンジアキシスへの下顎の誘導方法は確立されていましたが、1962年の後方と上方の2点、1973年のRUM は理論だけで明確な誘導方法は不明です。

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2018年4月19日

咬み合せの歴史  その12

少し専門的な解説です。
咬耗1.jpg
ナソロジーの咬合理論 その⑥ 
犬歯誘導へ その2
現存する古代人の多くの歯が残っている頭蓋骨(skull)を分析すると(上の写真は古代人の上顎で、全ての歯が磨り減っています)、高齢になると共に咬耗し、フルバランス(下顎を動かした時に常に全ての歯が接触している状態)のような状態になっている場合が多く見られます。このことから総義歯(歯が全く無い義歯)の咬み合わせはフルバランスが理想的な咬合だと考えられてきたと推測されます。
ところがD'Amicoは多くの頭蓋骨の中で咬耗していない頭蓋骨を見つけ出し、下顎運動時は犬歯によって誘導されたことで咬耗しなかったと考え、これが理想の咬み合わせだと考え歯を咬耗させないためには犬歯誘導が良いと考えた理論を発表したと推測されます。
図30.jpg
図31.jpg

当時のナソロジーはフルバランスで修復されていたことと、咬頭の磨耗が咬合性外傷による問題が起こることが多かったことをD'Amicoの論文を翻訳した保母須弥也先生が書籍の序章(上の画像)に書かれています。これらのことから、ナソロジーの従来のフルバランスでの修復ではなくD'Amicoの理論から考えられた「ミュチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン」にすることで、今まで起こっていた咬合の問題が解決されると考えたと推測されます。
その思いが「プロテクテッド(保護)」という言葉に表れています。


臼歯離開でも咬合面の形態はそのまま
1960年に「ミュチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン」が発表された10年前の1950年にP.K.Thomasはたワックス・コーン・テクニックを発表しています。この理論は有歯学でフルバランスの咬合を付与するためでしたので、「ミュチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン」の理論によって犬歯による臼歯離開咬合によってその咬合面の形態の必然性はなくなったと考えられます。しかしながら、そのままの咬合面形態と作成方法を生かして「オーガニックオクルージョン」という新たな概念が考えられます。その理論は臼歯が離開した後に上下の臼歯の咬合面が一定の距離を保って離開することで咀嚼効率を良くすることが必要だと考えられました。その結果、従来のP.K.Thomasの作成方法と同様に臼歯をフルバランスで作成した後に、臼歯を離開させるために犬歯の舌側に形態を付与する方法が考案されました。
あくまで推察ですが、1960年当時のナソロジーではP.K.ThomasがMccollmの後継者としての地位を確立していたのではないでしょうか。

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2018年4月 6日

咬み合せの歴史  その11

少し専門的な解説です。
図32.jpg
Angelo D'Amico
The Canine Teeth, Normal Functional Relation of the Natural Teeth of Man, 1958
保母須弥也 監訳

ナソロジーの咬合理論 その⑤ 
犬歯誘導へ その1
1958年D'Amicoが発表した論文では有歯学のフルバランスを否定して犬歯による誘導を提唱しました。つまり、総義歯から続いていたフルバランスといわれる下顎を動かした時に常に全ての歯が接触している状態ではなく、有歯学では最大咬頭嵌合位(全ての歯がしっかりと咬んだ状態)、から下顎運動時(下顎を左右、前方へ動かした時)は犬歯だけが接触して他の歯は接触しない状態が良いと考えました。
D'Amicoの理論の基礎になったのが自然人類学的立場から、約200万年前から人も含めた霊長類の天然歯の起源と進化を分析し、人の理想咬合として犬歯誘導を提唱しました。

1960年ナソロジーはD'Amicoの論文を基に「ミュチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン」の概念を発表しました。この考えは犬歯が滑走運動時(下顎運動)に咬頭(咬み合う時に接触する部分)を持つ臼歯と前歯を保護し,臼歯の咬頭は嵌合(上下の歯が咬み合う)することによって中心咬合(全ての上下の歯が接触する)を保ち,前歯を保護する。さらに前歯は切端で咬合(下顎を前へ動かした時)する時に臼歯の咬頭を保護するという考え方です。

「ミュチュアリー・プロテクテッド・オクルージョン」を要約すれば臼歯は前歯を、前歯は臼歯の咬み合わせを保護すると解釈できます。

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2018年3月14日

咬み合せの歴史  その10

少し専門的な解説です。
図10.jpg 図29.jpg
ナソロジーの咬合理論 その④
1950年パントグラフの開発されたのと同じ年
P.K.Thomas は修復物(歯を治療する時の冠など)を作成するための手法(ワックス・コーン・テクニック)を考案しました。その形態は崩出直後(歯が生えた直後で磨り減って無い状態)の解剖学形態(学問的な形)に近い形態で上下歯牙の咬合接触(上下の歯がどの部分で当たるか)の基準を示しました。

当時のナソロジーの考えは総義歯の基本的概念と同様にフルバランス(下顎を前方、側方に動かした時に全ての歯が接触する)の様式を有歯顎(歯がある)へも引き継ぎました。P.K.Thomas が考案したこの手法も、この考えに従った咬み合わせを実現させています。現在でもこの形態や作成方法は支持する歯科医や技工士は多いようです。


ナソロジーの修復方法
P.K.Thomasの咬合面形態でフルバランスの咬合接触を付与する方法として、臼歯の咬合面から作成されました。またこの考えはナソロジーを学んだ歯科医師の基本とされてきたため、修復の順番からナソロジーグループであることがわかります。また、「スチュアートグルーブ」「トーマスノッチ」と命名された歯の形態はフルバランスを付与しようとしたために咬頭が通過するために考えられた形態です。

<余談です>
P.K.Thomasはニューオリンズの孤児院育ちでしたがMccollm に雇われました。その後、Mccollmから学費の支援を受けて1939年USC卒業(歯学部)します。
P.K.Thomas は1949年Mccollmが卒中で倒れてから、1969年に亡くなるまでが面倒を見られたそうです。Mccollmが倒れた時にナソロジーは混乱しますが、 P.K.Thomas の卓越した講演能力でナソロジーを牽引していく立場になります。

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2018年2月28日

咬み合せの歴史  その9

少し専門的な解説です。
22.jpg スチュアート咬合器.jpg
ナソロジーの咬合理論 その③
1950年3次元的に下顎運動を記録するナソグラフを進化させて、6つの描記板に記録することによって3次元的に分析したパントグラフが開発されました。(写真左)1955年パントグラフの記録を再現するための全調節性の咬合器が開発されました。(写真右)

1800年代は総義歯(歯が無く入れ歯だけ)の咬合理論しかなく、安定して良く咬める総義歯はフルバランスという下顎を前後左右に動かした時に全ての歯が接触し続ける咬み合せが主流でした。その理論は1900年になっても理想の咬合理論だと考えられていたようで、ナソロジーもその理論を有歯顎(歯がある)へ引き継ぎました。

ナソロジーがこの咬合理論を有歯学に応用する時、総義歯より高い精度が必要だと考え下顎の動きをより正確に記録し、咬合器に再現するための機器の研究開発が行なわれました。なぜなら、総義歯は歯ぐきの上に乗っていますが、歯は骨に埋まっているため、歯は総義歯より咬んだ時の動きが少ないのです。そのめ、有歯顎の治療のためには、総義歯より高い精度の下顎の動きの再現が必要だと考えたからだと思われます。

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2018年2月10日

咬み合せの歴史  その8

少し専門的な解説です。
ナソグラフ.jpg 図33.jpg
ナソロジー その②
1900年初頭からアメリカ西海岸で研究されたナソロジーは下顎の運動を分析しそれを再現するための精度の高い機器の開発を続けました。その中心になったのが機械類に精通していたStuartです。
1929年下顎運動を正確に記録するための装置としてセントラル・ベアリング・スクリューを用いたナソグラフ(写真左)を開発しました。その記録を精度が高く調節機能が付いているハノウキノスコープ(写真右)で再現しようとしましたが上手くいかなかったようです。
ナソスコープ.jpg ナソスコープ

そこで、1934年 ナソグラフで記録した下顎運動を再現するための装置としてナソスコープ(咬合器)が開発されました。この写真は本物のナソスコープです。舘野先生がPKトーマスから譲り受けた物を撮影させていただきました。咬合器の上面にサインがあります。

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2018年1月30日

咬み合せの歴史  その7

少し専門的な解説です。
図7.jpg
ナソロジー その①
1926年Mccollmを中心に「カリフォルニア・ナソロジカル・ソサエティ」が設立されました。
そのメンバーは、Mccollmの考えに心酔し機器類に強いStuart、教育学・農学・化学・生物学を学んだ後に歯科大を卒業し、その後アングル矯正学校で学び、開業していた Stallartと16名の歯科医師です。このグループは
「顎口腔系における解剖学・組織学・生理学・病理学などの見地により、
診査診断、治療計画を基礎とし、顎口腔系を機能的な1つの単位ととらえ、その調和を図る」
ことを目的として研究が行なわれ、これがナソロジーの咬合理論の始まりだと考えられます。

このグループは総義歯の咬合理論を基礎に有歯学に応用するために、より正確な上下の歯の咬み合う位置と下顎の動きを精密に計測し、その動きを再現するための精密な咬合器の研究開発が行なわれました。その理由は、総義歯は歯ぐきの上のため少し動きますが、歯は骨に埋まって動きが少ないため総義歯の理論より高い精度が必要と考えたからです。

最初に研究されたのが上下の歯が咬み合う位置を決定する方法です。
下顎が開閉する時に顆頭(下顎の顎の関節部)が回転軸の中心となります。1920年初頭にMccollmは、変化しない回転軸を求めて、顆頭を関節部の最後壁に押し付けた状態で下顎を開閉させれば、変化のない再現性の高い回転軸を計測できるこが可能になると考えました。これがターミナル・ヒンジアキシスの理論です。回転軸の中心を決定して計測し、再現できれば上下の歯が咬み合う位置は決定できます。
1927年その回転軸の中心を計測し咬合器上で正確に下顎運動を再現するためにフェイスボウが開発されました。
図34.jpg

※ターミナルと表現した理由は、この位置が基点となるという意味がこめられていたと思われます。欧米の駅は阪急梅田駅、昔の東横線の渋谷駅のように基点でこれ以上へ行けない形式です。つまり回転軸の中心の顆頭の位置が基点でこれ以上後方へ行けないことでターミナルとしたと憶測できます。

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2018年1月12日

咬み合せの歴史  その6

少し専門的な解説です。
642r.jpg      a_unit.jpg
      足踏みエンジン                電動エンジン

総義歯から有歯学へ 
歯を全て失った場合に作成するのが総義歯で、歯に行うのが有歯顎(歯がある場合)の治療です。総義歯は歯ぐきの上に乗っかっているため、外れないことと、咬みやすくすることが課題です。一方、有歯学は全ての歯が均等に当たることで咬めるので、個々の歯を踏まえた全体の咬み合わせをどのようにするかが課題です。

総義歯の咬み合わせは1900年初頭に開発された器具や理論がいまだに使われていることから総義歯の咬み合せの理論の概要はその時代に確立されたと考えられますが、有歯学の咬合理論は1920年頃から研究が始まります。ここで疑問なのが総義歯の研究は100年以上も続けられてきたのに、有歯学の咬み合せの理論がその間に研究されなかった理由です。

1800年代半ばから1900年にかけての産業革命によって工業化が進み全ての産業に大きな変化がありました。歯科界においても同様で(写真左)から電動エンジン(写真右)に変わりました。このことは歯を削る能力と効率が格段に改善されることとなり、多くの歯を効率よく削ることが可能になり、口全体の有歯学の治療が行われるようになりました。その結果、口全体を治療するための有歯学の咬み合せの理論が研究されるようになったと考えられます。つまり、足踏みエンジンでは治療できなかったので、研究されなかったというわけです。

そして1926年2つの有歯学の咬合理論が産声を上げます。
アメリカの西海岸ではMccollmが16人友人を集めてカリフォルニア・ナソロジカル・ソサエティという小さなスタディーグループを設立します。アメリカの東海岸ではSchuylerがニューヨーク・デンタルジャーナルに論文を発表します。この2つの小さな始まりが世界の咬合理論の発展に大きく寄与することになります。

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2017年12月27日

咬み合せの歴史  その5

少し専門的な解説です
adapta.jpg Adaptable Articulator
咬み合せの理論は総義歯から その④
下顎の運動を3次元で記録する装置の開発によって、一人ひとりの下顎の動きを計測することが可能になりました。
1912年 その記録を再現するためにAdaptable Articulator(咬合器)が開発されました。この機器は顆頭部(顎の関節部分)と前方に調整機能が付いており、現在使用されている咬合器の形態とほぼ同じです。つまり、現在の咬合器の原型をGysiが開発したことになります。

当時の理論は、全ての歯を失った人に唯一残されているのが顎の関節の動きです。そのため、その動に適応した咬み合せの義歯を作成することが理想と考えられていました。また、下顎を動かした(左右と前方)時に全ての歯が咬み合う(専門用語でフルバランスと言います)状態が理想とされていました。
そのような義歯を作成するためには、下顎の動きを正確に記録するための装置と、その動きを再現するためにこの咬合器(Adaptable Articulator)が開発されたのです。
平均値.jpg Simplex Articulator
しかしながらこの咬合器は市場の競争の中ではまったく売れなかったたようです。そこで、
1914年、集められた下顎の動きのデータを基に調整機能の無い平均的な数値で作成されたのがSimplex Articulator(平均値咬合器)です。80%の総義歯の患者に適応させるために、下顎を動かした時に平均的な動き方に設定してあるので、この咬合器を使えば多くの人の総義歯を容易に作成でるのです。
この咬合器は私が学生の時の総義歯の作成時に使いましたし、現在でも学生実習では使われているようです。つまり、100年以上も前に総義歯の基本的な考え方が確立したとも考えられます。

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2017年11月15日

咬み合せの歴史  その4

少し専門的な解説です。
咬み合せの理論は総義歯から その③
図21.jpg 図19.jpg Alfred Gysi登場
1900年代に入ると近代歯科補綴学の創始者と言われるスイスの歯科医Gysiが多くの機器を開発します。最も有名なのが1901年に開発されたゴシックアーチです。上顎と下顎が咬み合う理想的な位置と、顎を前方と右、左へ動かしたときの軌跡の記録するための機器で、現代でも使われており、世界中の全ての歯科大学で学ぶ機器です。
図5.jpg 図24.jpg 図16.jpg

1910年 側方顆路傾斜角測定装置という下顎の運動を口腔外で記録する装置として顆頭部(顎の関節部)で下顎が前へ動く軌跡の記録と、オトガイ部(下顎の前方の先端)でゴシックアーチの軌跡と口を開けたときの軌跡の記録が可能な装置を開発しました。この装置によって下顎運動を3次元での記録が可能になりました。

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2017年10月10日

咬み合せの歴史  その3

少し専門的な解説です。
図20.jpg 図18.jpg 図.jpg
咬み合せの理論は総義歯から その②
1805年のGariotの発明から1900年初頭までの約100年間は、顎や歯の形態の分析し定量化することが研究されボンウィル三角(William G.A. Bonwill)、バルクウィル角(Francis H. Balkwill)、スピーの湾曲(Ferdinand Graf Von Spee)といった一定の法則が考えられました。また、クリステンセン現象(Christensen)という下顎が動いたときの上顎の位置関係の特徴が発見され、その動きを再現しようとした機器(咬合器)が開発されました。

顎や歯の形態と下顎の動きを解析しようとした理由は、義歯に並べる歯の位置と上下の歯の咬み合わせの理想を追求するための研究でした。上下の歯が咬み合う位置の研究だけであれば難しくないのですが、下顎を前後左右に動かした時にも、全ての歯が接触することが良い義歯され(フルバランス)ました。この理論が確立した時期は不明ですが当時の文献から1800年代中旬からこの考えが主流になったようです。そのため、咬み合わせの研究がより高度になりましたが、現在でもこの理論は変わっていません。

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2017年9月25日

咬み合せの歴史  その2

少し専門的な解説です。
図23.jpg 図1.jpg
咬み合せの理論は総義歯から その①
咬み合わせの理論とは上下の歯がどのように咬み合うのが理想であるかを研究した学問です。
その起源は1805年、パリの歯科医のGariotが執筆した「口腔疾患」という書籍(写真左)の中に上下の顎の模型(歯の無い状態)の位置関係を再現しようとした器具(写真右)が記載されており、これが咬み合わせに関する初めての記載なので咬合理論の始まりだと考えられています。

この器具の目的は総義歯(歯が全く無い時の義歯)を作成する時、上の顎と下の顎の型取りをした後に上顎と下顎の模型の位置関係を再現したものです。口の外で上顎と下顎の位置関係が再現できたことによって、この器具で作成された義歯は、口の中へ装着された時に、上下の義歯がしっかり咬み合うことになります。このようにして咬合理論の研究が始まりました。

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2017年8月28日

咬み合せの歴史  その1

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咬み合せの理論は難解
咬み合わせに関する書籍は多く出版されていますが、その理論は多種多様です。そのため、私が歯科医として歩み始めた頃から最も難解な点が多い理論だと感じてきました。それは私だけではなく多くの歯科医が感じてきたようで、何年も臨床経験がある歯科医師でさえ難しいと感じていると言われる先生は多いようです。また、顎の一部で起こる顎関節症は顎の痛みや口が開きにくい、顎関節部の音だけでなく、肩こり、頭痛、姿勢や全身のゆがみ、不定愁訴まで関係するという考えもあります。その原因や治療方法には様々な考え方があるようで、中には咬み合せに関係ないという意見もあります。
このように咬み合せに関する理論は全ての歯科医師が納得できる統一の考えが少ないのが現状です。

そこで、咬み合わせの歴史を紐解くことで、その理論を私なりに分析しました。

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飛田歯科医院
院長 飛田晴康

飛田歯科医院 院長 飛田晴康

医院サイト:
http://www.tobitadc.jp/

こんにちは。飛田歯科医院の三代目院長・飛田晴康です。
当院は、大正13年、祖父が開院して以来80年以上にわたり、地域の皆さんの歯の健康を守り続けてきました。平成17年、二代目の父の後を受け、三代目院長として私がその後を引き継ぎました。
ご年配の患者さんの中には、父の時代から通ってきてくださる方もあり、折に触れて父と思い出を話してくださいます。
そんな話を聞いていると、父、そして祖父は患者さんにとって重要な存在であり、信頼されていたのだということがひしひしと伝わってきて、改めて「歯のホームドクター」としての責任を強く感じています。

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