« 2018年9月
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
  •  
2018年8月18日

咬み合せの歴史  その17

少し専門的な解説です。
monson.jpg monson2.jpg
PMS、Dawson その④
PMS、Dawsonの咬合理論の主となるPankeyは1924年、ケンタッキーの小さな町で歯科診療所を開業しました。当時の歯科医療は歯を保存するための治療は殆どなく、痛みや問題があれば抜歯をして義歯というのが常識でした。Pankeyも同様に抜歯して局部床義歯、総義歯の作製することが主体の診療でしたが、開業して18ヵ月後の1925年Pankeyは「もう一本たりとも、歯を抜くことはしない。人々の歯を救うことに一生を捧げよう。」と考えフロリダに移転開業し治療方法の模索がはじまります。
当時の予防と口全体への修復治療という考えは少なく、一部のパイオニア的な歯科医師たちが基礎作りを始めたばかりでした。

1928年、Miami Study ClubでMilwaukeeのHarry Mortonが開催したMonson球面学説とその咬合器(写真)による咬合リハビリテーションコース(口全体へ治療)を受講したPankeyは、その考えを基に5症例の再構成治療を試みました。しかしながら、その患者は不快感を訴えたので、「私が行った仕事内容は、うまくいったとは到底思えなかった」と考えこの治療方法を断念しました。


Google +1

ページの先頭へ

トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:

http://www.tobitadc.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/882

飛田歯科医院
院長 飛田晴康

飛田歯科医院 院長 飛田晴康

医院サイト:
http://www.tobitadc.jp/

こんにちは。飛田歯科医院の三代目院長・飛田晴康です。
当院は、大正13年、祖父が開院して以来80年以上にわたり、地域の皆さんの歯の健康を守り続けてきました。平成17年、二代目の父の後を受け、三代目院長として私がその後を引き継ぎました。
ご年配の患者さんの中には、父の時代から通ってきてくださる方もあり、折に触れて父と思い出を話してくださいます。
そんな話を聞いていると、父、そして祖父は患者さんにとって重要な存在であり、信頼されていたのだということがひしひしと伝わってきて、改めて「歯のホームドクター」としての責任を強く感じています。

Google +1