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2018年12月28日

インビザラインとは?  その30

新しい月型アタッチメント
月型.jpg
日々進化し続けているインビザライン矯正なのですが、昨年秋までには見られなかったアタッチメント(歯に付ける突起)に新たな月型の形態が加わるようになりました。初期の頃は単純な長方形が主役だったのですが、長方形に傾斜が加えられ、徐々に新たな形が生まれています。特に2015年にG6が開発されてからアタッチメントの形状は複雑になってきました。アライン社は世界的な大企業になり、常に巨額の投資をしてAIを活用して分析しているとは聞いてはいますが詳細は不明です。ただ、インビザライン指導医に意見を聞くと、なかなか良いアタッチメントだから歯が良く動くようになったとのことでした。
デジタルの世界では結果が良くなったということで完了なのですが、アナログ世代の私のとっては理由がわからないのが何となく??なのですが、良くなったからいいかぁ、ですね。


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2018年12月27日

治療後のアンケート


治療前と比べて、治療後はどのようなことが変わりましたか。

歯がきれいになった。フロスで歯を磨くようになった。
意識しながら歯を磨くようになった。

飛田歯科医院で治療を受けて良かったことは何ですか

治療を受ける前の説明が丁寧で文書や絵を見ることで
自分の歯の儒教がよく分かった。フロスで歯の汚れが落とせることが分かった。

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2018年12月17日

大阪デンタルリサーチグループ

12月例会
IMG_7701.JPG
先週末は新大阪での今年最後の例会に参加してきましたが振り返れば今年1年間で28回でした。
今回は1年を振り返り来年へ向けての方針を話し合いましたが、話題の中心はインビザライン矯正です。歴史が浅くまだまだ不明な点が多いので新たな情報や思うように動かない症例、診断や治療方針など話題は尽きません。でも、インビザラインならではの治療方法や解ってきた点も増えてきたので、今後が楽しみな治療方法です。これからも、まだまだリサーチし続けなければならない治療方法であることは確かです。
余談ですが、今回は新大阪駅構内の「新世界串カツだるま」に行ってきました。飲食店が多いのですがこのお店は行列が出来ています。関西の一般的な串カツ屋さんなのですがジャンクフードなのか思わず食べ過ぎてしまいました。

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2018年12月13日

治療後のアンケート


治療前と比べて、治療後はどのようなことが変わりましたか。

口の中に対する意識が変わった。

飛田歯科医院で治療を受けて良かったことは何ですか

治療をすすめるにあたって説明がとても丁寧であったこと。
時間ピッタリであること。

その他に治療を受けられた感想がありますか

信頼できたので、安心して通院することができました。
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2018年12月 7日

入れ歯でも咬める  その11

保険外の義歯 その3
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残っている歯を失うことや、義歯が壊れてしまっても保険外の義歯は長く使えるものです。
歯科技工の機材のレーザー溶接機の技術が進歩したことで義歯の金属部分の溶接が容易に行なえるので修理が可能になりました。その結果、大きな変形や大きな設計変更でない限りは、金属で作成された義歯を修理して使うことができるので、長く使うことが可能になりました。
金属の義歯は強度があるため薄くすることが可能です。そのため、違和感や発音障害が少ないだけではなく、熱を伝え易いので美味しい食事ができます。また、強度があるので強く咬めるための材料と設計が可能です。このように良い点が多いのですが修理しにくいのが難点でしたが、レーザー溶接機の進歩によってその点も改善されたので、長く使える義歯として価値があります。

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2018年12月 3日

咬み合せの歴史  その21

少し専門的な解説です。
「咬み合せの歴史」を書くに際し、大阪歯科大学図書館が所蔵している咬合、顎関節、総義歯の書籍と関連する学会誌約350冊に加えて、「オクルージョンの臨床」第2版の訳者の川村貞行先生から頂いた1900年代初頭からのアメリカで発表された咬合に関する論文、初期のナソロジーの大家の舘野常司先生から当時のお話と資料を頂き、金属焼付けポーセレン開発者の桑田正博先生からも当時のお話と資料を頂きました。
これらの情報を年代別に分類分析し、咬合理論の経時的変化を踏まえてまとめています。

図8.jpg    図9.jpg
PMS、Dawson その⑧
1958年PMテクニックや理論の論議するために全米各地から選別した歯科医師12名によってOcclusal Rehabilitaion Seminarが結成されました。そして、毎年テクニック内容、展開手順、理論の論議を継続して行なわれました。このようなメンバーの弛まぬ研究と議論によって多くの成功例を積み重ねた結果、このテクニックが真の歯科専門職を生むと確信でたようです。
予断ですが、メンバーは全米と記載されていますがアメリカ東部だけです。
SchuylerがPMセミナーを受講した時、Pankeyが冗談半分に
「クライド(Schuyler)君は君の知っていることを仲間に伝えずに死んでしまうよ。」
と言ったそうです。このことをきっかけにSchuylerはPM哲学の教授になり治療哲学の構成に協力しました。そしてSchuylerの計りしれない貢献を認め1960年Schuylerの名前が加えられて「PMS理論」へと発展します。
1954年に歯科大学を卒業したDawsonは、ミシガン大学のPerioの Ramfjord のところで学んだ後にこのセミナーを受講しました。その時、 Pankeyは彼の卓越した素質を認め主要メンバーに加えました。Dawsonは、「なぜ私のような若者が選ばれたのか不思議だった」と当時のことを振り返っています。

余談です。
Pankey哲学、PMS理論が日本国内に広められるきっかけとなったのが川村泰雄(ホリスティックデンティストリー)先生、川村貞行(大阪デンタルリサーチグループ)先生、峯田拓弥(CDC)先生が、Occlusal Rehabilitaion Seminar 12名の歯科医師の一人でもあるDavid A. Hoffman (Milwaukee)との出会いがきっかけです。DavidからPankeyを紹介され、その後、山口和久(大阪デンタルリサーチグループ)先生が長期渡米されて、David A. Hoffman、Pankeyと親交を深められ信頼を得られたことによってPankey哲学、PMS理論を日本国内に広めることを許可されます。
そして1961年CDC(コンディニアル デンティスト クラブ)、1962年ODRG(大阪デンタルリサーチグループ)が、この考えを広めるためのスタディグループとして創設されます。

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飛田歯科医院
院長 飛田晴康

飛田歯科医院 院長 飛田晴康

医院サイト:
http://www.tobitadc.jp/

こんにちは。飛田歯科医院の三代目院長・飛田晴康です。
当院は、大正13年、祖父が開院して以来80年以上にわたり、地域の皆さんの歯の健康を守り続けてきました。平成17年、二代目の父の後を受け、三代目院長として私がその後を引き継ぎました。
ご年配の患者さんの中には、父の時代から通ってきてくださる方もあり、折に触れて父と思い出を話してくださいます。
そんな話を聞いていると、父、そして祖父は患者さんにとって重要な存在であり、信頼されていたのだということがひしひしと伝わってきて、改めて「歯のホームドクター」としての責任を強く感じています。

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